2004年03月13日

自家栽培


自分の趣味のなかに「植物を育てる事」と前に書き込んだが、その話。

事の始まりは食に対するこだわりからである。こっちのスーパーにはプラスティックのポットに入った食用のハーブが安く売っている。1ポンドもしない物なのだが、これ最初からハーブ自体が弱弱しく使い切る前に枯れてしまう。非常にもったいないのだ。ならば、葉っぱを数枚取っても枯れないよう強く育ててみよう!と言うわけである。

早速必要なものをそろえて、いざバジル、タイムの植え替え。

ケースから取り出してみると土がほとんど見当たらないぐらい根っこが隅々までギッシリ詰まってる。育つわけがない

数日後には違いが一目瞭然。今では茎もしっかりしたものになって料理の材料として頻繁に使える段階まで成長した。

そんなこんなで始まった植物への興味だが、種から育てるようになってから、見方が確実に変わったものがある。その一つが自分の口にするものすべての「本当の姿」を想像するようになったという事だ。それが意外と知らないものだ。そう考えると僕らは自分が口にしているもののどれぐらいの食べ物の「本当の姿」を知っているのだろう?もう一つが、ありがちだが、自然というものの精巧なつくりに圧倒される。一ミリに満たない種から豆まで、それぞれ葉っぱの形、花の色、香りなどなどプログラムされていることとか、土、水、日光、どれも「原材料」は同じでもまったく違う味、香り、色が作られる・・・などなど。

今では食べれるものに限らず種からいろんなものを育てている。バジル二種類、タイム、カボチャ、良くわからない豆や花を何種類か。公園に面したリビングはちょっとした温室状態。晴れの日は皆気持ち良さそうに日光浴をしてる。

そして自分も植物に囲まれながら日光浴。そんな一時がすごく好きだ。


posted by とうごサン at 15:00| ロンドン 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

共通点

ロック・クライミング、油絵、ギター。三つの異なるものの共通点をさっき見つけました。


それはルールがないということ。なんとすばらスィー!!


ルールがあってこその社会であり人間である。一部の人間がルールを決め社会がそれに従う。ただ、この世の中意味不明なルール多すぎ・・・・そりゃ逃げたくもなるさ。自由奔放と思われがちな自分だがこれでも結構気を使っているんです(←知人たちよ、ココに注目!!)

posted by とうごサン at 14:44| ロンドン 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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