前にも少し触れた内容だけれど俺はゲイ同士の結婚を異性同士の結婚と同じ扱いにするべきだと思ってる。そう思えるようになったのも現在友達にゲイが多いおかげ。今では自分にもし子供ができてその子がゲイになっても問題なく応援できると確信できるまでにいたっている。
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2004年05月21日
2004年05月16日
■ハウス・パーティー

今は友達の多くが課題を提出し終え今月末にあるファイナルを残すのみとなっている。そんな中ハウスパーティーを主催した。
集まったメンバーは同じ学部の人たちから修士課程前期、後期の人たちや就職をすでにしている人たち40人ぐらい。知り合いの多くが電話一本で少しキャンパスから離れてるこの家まで足を運んでくれた。ブラッドフォードの好きな一面でもある。
楽しい一時だったという事は言うまでもないけれど、むしろ知り合いを招待しすぎて一人一人満足いくまで話せなかったというのが本音だったり。
何はともあれ笑いの耐えないパーティーだった。この人たちと離れるのはやはり悲しい。
2004年05月13日
■スペイン語テスト
今日これからスペイン語のテストを受けに行ってくる。マリアと言う先生はスペイン語よりも日常の事やその人生についてまで力説する面白いキャラクタだが、前にもらった宿題の例文までも面白い。
作家の日課を記した短い文章を訳せというものだったが、この文章が・・・。
適当訳)
私は晩くに寝る、よって、起きるのも遅い。一番目にすることは自分のためにコーヒーを淹れる事だ。私はコーヒーはミルクを入れて飲む。二番目にすることは:シャワーを浴びる。3番目にすることは:新聞を読む。新聞を読んだ後は何をしたらいいのかわからない:アスピリンを摂るかウィスキーを飲むか・・・
ウィスキーって!!まだ朝じゃないの!?
何でよりによってこの文章を選んだの先生?
ちょっと心配(笑)
作家の日課を記した短い文章を訳せというものだったが、この文章が・・・。
Me acuesto tarde, por tanto, me levanto tarde. Lo primero que hago es hacerme un cafe. Me tomo el cafe, con leche. Segunda cosa: ducha. Trecera cosa: leer el periodico...Despues de leer el periodico, no se que hacer: si tomar una aspirina o un guisqui...
適当訳)
私は晩くに寝る、よって、起きるのも遅い。一番目にすることは自分のためにコーヒーを淹れる事だ。私はコーヒーはミルクを入れて飲む。二番目にすることは:シャワーを浴びる。3番目にすることは:新聞を読む。新聞を読んだ後は何をしたらいいのかわからない:アスピリンを摂るかウィスキーを飲むか・・・
ウィスキーって!!まだ朝じゃないの!?
何でよりによってこの文章を選んだの先生?
ちょっと心配(笑)
2004年04月25日
■快感!!
卒論終了!!!
ぐわぁっはははは!!
やったぜぃ、もう卒業した気分だぞこりゃ。
でもゆっくりはしてられないのです。
今夜マンチェ、明け方にはアムス
そして
明日の夜には、インド!!!
よっしゃー、
まずは飯!!!
ぐわぁっはははは!!
やったぜぃ、もう卒業した気分だぞこりゃ。
でもゆっくりはしてられないのです。
今夜マンチェ、明け方にはアムス
そして
明日の夜には、インド!!!
よっしゃー、
まずは飯!!!
2004年04月23日
■卒論地獄
明日にも提出予定の卒論
もう懲り懲〜りです。
気付いたら外明るいし。 ガーン(;=Д=)/¶ ※
徹夜はよくするけど最近は
目肩腰に確実にくるな、はぁ〜、寝よ
コメントしてくれた皆さん
起きてから返事しまーす、
もう懲り懲〜りです。
気付いたら外明るいし。 ガーン(;=Д=)/¶ ※
徹夜はよくするけど最近は
目肩腰に確実にくるな、はぁ〜、寝よ
コメントしてくれた皆さん
起きてから返事しまーす、
2004年04月20日
■衣替え
KOuサンと言う方にデザインを作ってもらいました!!
ついでに、様々なBlog知識教えてもらってます。
すごいです。すばらしいです。今更インターネットの
可能性に感動、そしてKOuサン、貴方は私の師匠。
これからこのページも進化を遂げる事でしょう(予定)
と言う事でしばらくメインテナンスでいろいろ変更します。読みにくくなるかもしれませんので、この場でお詫びを m(_ _)m
師匠のBlog:
http://moo-t.seesaa.net/
ついでに、様々なBlog知識教えてもらってます。
すごいです。すばらしいです。今更インターネットの
可能性に感動、そしてKOuサン、貴方は私の師匠。
これからこのページも進化を遂げる事でしょう(予定)
と言う事でしばらくメインテナンスでいろいろ変更します。読みにくくなるかもしれませんので、この場でお詫びを m(_ _)m
師匠のBlog:
http://moo-t.seesaa.net/
■桜前線

イギリスがいかに北に位置しているのかご存知だろうか?これ以外と知らない人が多い。というより勘違いしている人が多い。テレビや写真のイメージって怖いですねぇ(最近のテーマに無理やり持っていく自分)。
例えば、北九州と同じ高さには半砂漠で最近よくテレビで見るイラクの首都バグダッドがある。東京はスペインの最南端と同じ高さだし、イタリア・ミラノは稚内の少し上に位置する。北海道をヨーロッパの位置に持ってくるとスペイン北部とフランス南部に重なる。
では、今自分がいる英国。
これをばらすことで自ら首を絞めている感じがしないでもないが。・・・はい、そうなんです 首都のロンドンは樺太のど真ん中。しかもさらに北に位置するここブラッドフォードは・・・
・・・樺太の最北端ギリギリ。
ここの冬がいかに暗いかわかったでしょう?(T.T)
しかーし、写真でもわかるように桜前線がようやくやってきた。東京や京都との違いは2週間ぐらいでしょうか?
バカ世界地図:全世界のバカが思い描いている世界地図を描くプロジェクト。
http://www.chakuriki.net/
こういうの↑いいですねぇ〜大好き。
2004年04月15日
■ブラッドフォード大学平和学科
いま自分がいる大学には社会学的に平和の研究をするという趣旨で世界中から学生が集まっている。講義は紛争学や開発学、国際関係学から国際政治学まで多種多様に組まれている。卒業をしてからは国連に行くものやNGOに行くもの、はたまたNATO軍に参加するものまでいる活発な学科だ。
俺はもう3年目で今年卒業するが、この3年間多くの志の高い人々と接し、又、彼・彼女達が自分達の考えをもって世界へ真っ向勝負しに行く姿を見てきた。世界人口で考えると、とても少ない割合ではあるが、確実にこのような人々が存在するということを知っただけでもここに来た価値はあったと思っている。
実は人質になってしまっている今井君もここの学科に来る予定だったという話だ。
俺と同じように彼も同じような志を持った人々と共に学び、共に落ち込み、そして自信を得て世界へと貢献してもらいたいと俺は切実に思う。彼には絶対生きて帰ってきてもらわなくてならないのだ。
俺はもう3年目で今年卒業するが、この3年間多くの志の高い人々と接し、又、彼・彼女達が自分達の考えをもって世界へ真っ向勝負しに行く姿を見てきた。世界人口で考えると、とても少ない割合ではあるが、確実にこのような人々が存在するということを知っただけでもここに来た価値はあったと思っている。
実は人質になってしまっている今井君もここの学科に来る予定だったという話だ。
俺と同じように彼も同じような志を持った人々と共に学び、共に落ち込み、そして自信を得て世界へと貢献してもらいたいと俺は切実に思う。彼には絶対生きて帰ってきてもらわなくてならないのだ。
2004年04月13日
■結婚式

前日デジカメを充電するのを忘れていたのが悔やまれたが、一枚だけ目的の写真は撮れた。
この日(土曜日)は一睡もしてなく一日中頭はボーっとしていた。でもそれは寝不足のためだけではなかったかもしれない。サリーは伝統服のなかでも「美しさ」で言えば上位をいく。結婚式ともなればなおさらだ。
異国の地でもこのように伝統は受け継がれていく。その力強さを感じ、又、その場を共有できた事に喜びを感じた。
そんな日だった。
2004年04月06日
カシミールへようこそ・・・
ここブラッドフォードは中東系人口が多い事で有名だ。ローカルショップに行けば多様なスパイスがあり レンタルビデオ屋さんに行くとボリウッド映画を無理やり勧めてくる。外食といえばカレーだしラジオをつけるとインドのヒットチャートがながれる。
俺が住む Cecil Avenue はこれまたさらにパキスタン・カシミール系の住民が多い、軽く90%は越えるだろう。よって俺はイギリスに住みながら カシミールにいるような錯覚に陥る事があるというなんとも意味不明な日常をおくっている。

この家の持ち主 Mr バティー (写真)もそんなカシミール系イギリス人だ。彼は中年太りを気にする6児の父。ある日なんぞ、道端で彼と立ち話をしていたら急に
「それにしても、調子に乗ってつくりすぎたな〜」
と いかにも困ったように言うものだから俺は
「何をそんなにつくりすぎたの?」
と聞きなおした。そうしたら彼は一言(明日を眺めながら)
「・・・子供」
「(爆笑)」「(爆笑)」
そんな1キロ離れたジムまで車で行くお茶目な彼の家は今大変な騒ぎだ。息子、娘は皆10代・20代。その娘の一人が今週の土曜日に結婚をするのだ。
映画のモンスーン・ウェディングと言うのを見た事があるだろうか?とても面白い映画だから是非見てもらいたいのだが、今近所はこの騒ぎ(規模をずいぶんと下げた)。昨日の夜も急にドラムの音が聞こえたと思ったら花火を打ちまくるしカメラで撮影してるし、ここはもう一緒に騒ぐしかない。土曜日には俺も招待されてるから今から楽しみ。
俺が住む Cecil Avenue はこれまたさらにパキスタン・カシミール系の住民が多い、軽く90%は越えるだろう。よって俺はイギリスに住みながら カシミールにいるような錯覚に陥る事があるというなんとも意味不明な日常をおくっている。

この家の持ち主 Mr バティー (写真)もそんなカシミール系イギリス人だ。彼は中年太りを気にする6児の父。ある日なんぞ、道端で彼と立ち話をしていたら急に
「それにしても、調子に乗ってつくりすぎたな〜」
と いかにも困ったように言うものだから俺は
「何をそんなにつくりすぎたの?」
と聞きなおした。そうしたら彼は一言(明日を眺めながら)
「・・・子供」
「(爆笑)」「(爆笑)」
そんな1キロ離れたジムまで車で行くお茶目な彼の家は今大変な騒ぎだ。息子、娘は皆10代・20代。その娘の一人が今週の土曜日に結婚をするのだ。
映画のモンスーン・ウェディングと言うのを見た事があるだろうか?とても面白い映画だから是非見てもらいたいのだが、今近所はこの騒ぎ(規模をずいぶんと下げた)。昨日の夜も急にドラムの音が聞こえたと思ったら花火を打ちまくるしカメラで撮影してるし、ここはもう一緒に騒ぐしかない。土曜日には俺も招待されてるから今から楽しみ。
2004年03月31日
チベット(ナムツォ)
平均標高4000メートル以上、世界の屋根と言われアジアを代表する数々の大河(インダス川、黄河、メコン河など)が生まれる地。そんなチベットに行った事がある。
そこで見たもの聞いたものすべてが自分の心の特別な部分で静かに眠っている。
それがこの前 ふとした拍子で蘇った。あの時と同じような月がでていたのだ。耳に当たる冷たい風の感じも似ていた。感覚器官すべてで吸収した記憶というものはやはり全身の感覚からにじみ出てくるものなのかもしれない。目の前に情景が浮かぶ
ナムツォ
チベットの首都ラサから数時間、凸凹道をジープで移動。峠を越えればそこは隔離された都市からさらに隔離された広大な土地が現れる。そこにナムツォはある。標高4800メートル、木は生えておらず周囲を雪山が囲う。聞こえるのはとどまる事を知らない風の音と湖の音だけだ。
ナムツォは巡礼地にもなっていて五体投地をしていたチベット人の他、岩穴を利用したとても小さい寺院や、夏の期間だけ滞在する人々の住まいが数箇所ある。初春に一泊2日で行ったのだけれど、泊まった部屋は外気温と変わらないぐらい隙間風が入ってくる小屋のようなところだった。
そこで見た夜がすごかったのだ。
昼間あれだけ耳元を騒がしく通り過ぎていた風は夜空に溶け込むかのように滑らかで、目の前に広がる湖の音も不思議と聞こえてこない。月明かりに照らされた雪山は空気の層を越えすでに宇宙の一部となり青白く浮かび上がっている。
あまりにも 静かで 広大で 完璧で、 俺は動けなくなり自分を見失いそうになる。地球という空間を知り、宇宙の広さに圧倒され、そして自分が立っている「一点」を感じる。自分という物が存在する確たる地盤が見えなくなり恐怖を覚える。ここはまだ神々が存在する場所なんだ。
不思議と人々で賑わう町や都市を想像した。
なんて凄い物を人間は作り上げたのだろう。
そしてなんて地球は凄いのだろう。
「あそこ」と「ここ」は繋がっている 思い出し感じる事が出来たのだから・・・
なんだか嬉しい
そこで見たもの聞いたものすべてが自分の心の特別な部分で静かに眠っている。
それがこの前 ふとした拍子で蘇った。あの時と同じような月がでていたのだ。耳に当たる冷たい風の感じも似ていた。感覚器官すべてで吸収した記憶というものはやはり全身の感覚からにじみ出てくるものなのかもしれない。目の前に情景が浮かぶ
ナムツォ
チベットの首都ラサから数時間、凸凹道をジープで移動。峠を越えればそこは隔離された都市からさらに隔離された広大な土地が現れる。そこにナムツォはある。標高4800メートル、木は生えておらず周囲を雪山が囲う。聞こえるのはとどまる事を知らない風の音と湖の音だけだ。
ナムツォは巡礼地にもなっていて五体投地をしていたチベット人の他、岩穴を利用したとても小さい寺院や、夏の期間だけ滞在する人々の住まいが数箇所ある。初春に一泊2日で行ったのだけれど、泊まった部屋は外気温と変わらないぐらい隙間風が入ってくる小屋のようなところだった。
そこで見た夜がすごかったのだ。
昼間あれだけ耳元を騒がしく通り過ぎていた風は夜空に溶け込むかのように滑らかで、目の前に広がる湖の音も不思議と聞こえてこない。月明かりに照らされた雪山は空気の層を越えすでに宇宙の一部となり青白く浮かび上がっている。
あまりにも 静かで 広大で 完璧で、 俺は動けなくなり自分を見失いそうになる。地球という空間を知り、宇宙の広さに圧倒され、そして自分が立っている「一点」を感じる。自分という物が存在する確たる地盤が見えなくなり恐怖を覚える。ここはまだ神々が存在する場所なんだ。
不思議と人々で賑わう町や都市を想像した。
なんて凄い物を人間は作り上げたのだろう。
そしてなんて地球は凄いのだろう。
「あそこ」と「ここ」は繋がっている 思い出し感じる事が出来たのだから・・・
なんだか嬉しい
2004年03月30日
センチメンタル
海外に来てから何回の出会いと別れを経験したことか・・・。
人間一人になると気がづく事がある。それはどんなに強がっても一人では生きていけないということ。心のより所というのもは映画の中の情熱的な恋みたいなものではなく、身近にあるつまらない一時だったりすると言うこと。自分と言う人間がいかに小さいかということ、また同時に自分と言う人間には限りない可能性があるということ。
人は俺のことを、「地球のどこに行っても暮らせていける」と表現する。確かにそうかもしれない。健康以外はほとんど心配する要素はない。しかしそれは自分と言う人間の評価としては考えていない。俺ほど家族や友人に恵まれた人間は少ないのかもしれない、だからこそ胸を張ってどこにでもいける、どんな人とも接することが出来るのだ。
先週 心の通じ合う友達が家によってくれた。サリーファはこれまたすごく仲のいいペダーと言うノルウェー人の彼女で南アフリカ出身だ。
3人の仲はかれこれ4年もさかのぼる。ペダーと俺は大学一年の時同じクラスで寮は違うものの気がついたら毎日のように一緒に飯を食べたりパブに行ったりしていた仲で、サリーファはその時同じ学部の院に居て俺とはパブで何回か会ったりして仲良くなっていった。ある日このペダーとサリーファが俺の仲立ちで知り合い今に至っている。
俺は大学一年を終えた後インドに数ヶ月行く事になりその間関係は一事途切れたものの、大学に戻りこの二人ともう3人と家をシェアする事になる。
現在ペダーはノルウェーの実家で農業の仕事と勉強をしている。そしてサリーファはアフリカ女性の生活実態調査の仕事を終え、数ヶ月ペダーの実家に居候をしながらビザが切れるまで就職活動をしていた。ブラッドフォードの家に寄ってくれたのはそのノルウェーから南アフリカに帰る途中の事だ。
今年の夏ペダーの実家に一ヶ月ほど居候する予定だから彼とはまた会えるけれど、サリーファとは今後いつ会えるかわからない。
黒人、白人、黄色人で構成される俺達はよく自宅でも公共の場でも人種差別用語でふざけあっていた。人間信頼しあう事が出来れば現在の法律の半分以上は必要ないのかもしれない、国境なんて無いほうが幸せなのかもしれない、そう思わせてくれた関係だ。
また、この二人や他に気の合う人々と会うたびによく思う。
ニュースで流れる紛争、飢餓、貧困や事故に巻き込まれた/ている人たちに、このように通じ合うポテンシャルがあるということ。
平和学という学問の勉強は絶対に必要だ、でも世界が平和になるには本から得る知識でないこのような「生」な繋がりが必要だ。一人の人間がもう一人を「悪」としか表現出来ないような関係からは何も生まれない、破壊ばかりだ。
目の前にどんな隔たりがあろうと、何百キロ、何万キロ離れていようと一度理解しあった人間同士は身近にその存在を感じる事が出来る。また逆にどんなに近がろうがまったく存在を感じない事も可能だ。
俺は身近に感じれる人たちが世界にいる。そしてそれが平和を願う力となる。そしてこの力はどんな障害や距離をも越えて存在する。
人間一人になると気がづく事がある。それはどんなに強がっても一人では生きていけないということ。心のより所というのもは映画の中の情熱的な恋みたいなものではなく、身近にあるつまらない一時だったりすると言うこと。自分と言う人間がいかに小さいかということ、また同時に自分と言う人間には限りない可能性があるということ。
人は俺のことを、「地球のどこに行っても暮らせていける」と表現する。確かにそうかもしれない。健康以外はほとんど心配する要素はない。しかしそれは自分と言う人間の評価としては考えていない。俺ほど家族や友人に恵まれた人間は少ないのかもしれない、だからこそ胸を張ってどこにでもいける、どんな人とも接することが出来るのだ。
先週 心の通じ合う友達が家によってくれた。サリーファはこれまたすごく仲のいいペダーと言うノルウェー人の彼女で南アフリカ出身だ。
3人の仲はかれこれ4年もさかのぼる。ペダーと俺は大学一年の時同じクラスで寮は違うものの気がついたら毎日のように一緒に飯を食べたりパブに行ったりしていた仲で、サリーファはその時同じ学部の院に居て俺とはパブで何回か会ったりして仲良くなっていった。ある日このペダーとサリーファが俺の仲立ちで知り合い今に至っている。
俺は大学一年を終えた後インドに数ヶ月行く事になりその間関係は一事途切れたものの、大学に戻りこの二人ともう3人と家をシェアする事になる。
現在ペダーはノルウェーの実家で農業の仕事と勉強をしている。そしてサリーファはアフリカ女性の生活実態調査の仕事を終え、数ヶ月ペダーの実家に居候をしながらビザが切れるまで就職活動をしていた。ブラッドフォードの家に寄ってくれたのはそのノルウェーから南アフリカに帰る途中の事だ。
今年の夏ペダーの実家に一ヶ月ほど居候する予定だから彼とはまた会えるけれど、サリーファとは今後いつ会えるかわからない。
黒人、白人、黄色人で構成される俺達はよく自宅でも公共の場でも人種差別用語でふざけあっていた。人間信頼しあう事が出来れば現在の法律の半分以上は必要ないのかもしれない、国境なんて無いほうが幸せなのかもしれない、そう思わせてくれた関係だ。
また、この二人や他に気の合う人々と会うたびによく思う。
ニュースで流れる紛争、飢餓、貧困や事故に巻き込まれた/ている人たちに、このように通じ合うポテンシャルがあるということ。
平和学という学問の勉強は絶対に必要だ、でも世界が平和になるには本から得る知識でないこのような「生」な繋がりが必要だ。一人の人間がもう一人を「悪」としか表現出来ないような関係からは何も生まれない、破壊ばかりだ。
目の前にどんな隔たりがあろうと、何百キロ、何万キロ離れていようと一度理解しあった人間同士は身近にその存在を感じる事が出来る。また逆にどんなに近がろうがまったく存在を感じない事も可能だ。
俺は身近に感じれる人たちが世界にいる。そしてそれが平和を願う力となる。そしてこの力はどんな障害や距離をも越えて存在する。
2004年03月27日
どーゆー事!?
今気がついた。
そうさ イギリスの天気は良くないさ。冬なんて日照時間がやたら短い上に風は強いし、雨はよく降るし・・・。
だからって
そんなだからって
こんなのあり?
ロンドンの天気[27日04時現在]
[不明|気温8℃|湿度61%]
↑
不明ってあんた・・・。
あまりにもひど過ぎるんじゃないかい?(涙)
そうさ イギリスの天気は良くないさ。冬なんて日照時間がやたら短い上に風は強いし、雨はよく降るし・・・。
だからって
そんなだからって
こんなのあり?
ロンドンの天気[27日04時現在]
[不明|気温8℃|湿度61%]
↑
不明ってあんた・・・。
あまりにもひど過ぎるんじゃないかい?(涙)
2004年03月22日
小さな劇場
一昨日、一緒に家をシェアしている友達が出演する演劇を観に行った。
毎日練習の模様をその子から聞いていたために面白さも増す。ステージはとてもシンプルだが10人弱のオーケストラが演技に色を付ける。すばらしい!!とまではいかないが、とても笑えて楽しかった。
大学構内にあるこの劇場はとっても小さい。観客が入ってもお尻が痛くなるベンチにせいぜい100人が限界だろう。演技は目の前で行われるし、出演者も友人と同じような学生がメインということで日本の学園祭をイメージしそうなのだがそういう事でもない。ここは学生の演劇活動を支えるとともに、小規模だが全国を回っている劇団の公演もするからだ。
しかし、余計なお世話かもしれないが、経営のことを考えるとこっちが心配になってしまう。百人足らず、それに学生のチケットは絶対1000円以下だし・・・。もうここは「頑張れ!」と言うしかなさそうだ。
イギリスのこういったところには感心させられる。お金で物事を考えていない、その主流でない「何か」がここに確実に存在するのだ。そしてそれはとても温かい雰囲気をかもしだすのだ。
この小さな劇場は俺に「人生のコツ」を少し教えてくれているようだ。
毎日練習の模様をその子から聞いていたために面白さも増す。ステージはとてもシンプルだが10人弱のオーケストラが演技に色を付ける。すばらしい!!とまではいかないが、とても笑えて楽しかった。
大学構内にあるこの劇場はとっても小さい。観客が入ってもお尻が痛くなるベンチにせいぜい100人が限界だろう。演技は目の前で行われるし、出演者も友人と同じような学生がメインということで日本の学園祭をイメージしそうなのだがそういう事でもない。ここは学生の演劇活動を支えるとともに、小規模だが全国を回っている劇団の公演もするからだ。
しかし、余計なお世話かもしれないが、経営のことを考えるとこっちが心配になってしまう。百人足らず、それに学生のチケットは絶対1000円以下だし・・・。もうここは「頑張れ!」と言うしかなさそうだ。
イギリスのこういったところには感心させられる。お金で物事を考えていない、その主流でない「何か」がここに確実に存在するのだ。そしてそれはとても温かい雰囲気をかもしだすのだ。
この小さな劇場は俺に「人生のコツ」を少し教えてくれているようだ。
2004年03月18日
春とともに...
なんでしょう、季節の変わり目からですかねぇ〜
風邪ひきかけてます。いらない。忙しい時期にかぎってこれだ・・・。同居してる5人のうち俺で3人目、ついにやって来たみたいです。ハーブとビタミン剤とってます。
という事で今日は頭がボーっとしてるんです。
あ、でもよい話が。先週植えた種の芽が今日やっと出てきました。昨日今日と急に気温が上がったのを彼らも感じ取ったんだろうな。
他の植物もやたら生き生きしてる。
姉がくれた得体の知れない豆 と カボチャ:
二つとも伸びるスピードがしゃれにならない。そろそろ外に植え替えてやろう。となりの空き家の裏庭をカボチャで埋め尽くす!?予定。去年はイチゴでした。
風邪ひきかけてます。いらない。忙しい時期にかぎってこれだ・・・。同居してる5人のうち俺で3人目、ついにやって来たみたいです。ハーブとビタミン剤とってます。
という事で今日は頭がボーっとしてるんです。
あ、でもよい話が。先週植えた種の芽が今日やっと出てきました。昨日今日と急に気温が上がったのを彼らも感じ取ったんだろうな。
他の植物もやたら生き生きしてる。
姉がくれた得体の知れない豆 と カボチャ:
二つとも伸びるスピードがしゃれにならない。そろそろ外に植え替えてやろう。となりの空き家の裏庭をカボチャで埋め尽くす!?予定。去年はイチゴでした。
2004年03月16日
感覚で生きたい
春が来た。
窓を全開にする喜び。
植物も、友達も、俺も皆機嫌が良い。こんな日は公園の芝生の上に寝転り本を読みたい・・・・。春という季節の到来を体全体で感じ取りたい・・・・。
・・・・だが。
卒論です。
一階東向きのリビングから三階西向きの自分の隠れ家へと向かう歩調は陸亀、いや、それ以下。はぁ〜、こういう日は哲学とか、議論とか、社会構成とか、政治とかぜ〜んぶ箱に詰めて感覚で行動したいのに・・・。
だいぶ前から取り組んでいた卒論、内容ははっきりしてる(たぶん)。だがここにきて一歩も進まなくなってしまっている。理由はわかっている、気がめいるんだ。
西洋的概念から生まれた「開発」というものに対して仏教哲学をベースにした開発という概念を提案するというのが大まかな内容だが、これには経済的、社会的、政治的な議論が必要になってくる。気がめいるのはしかし内容が固いという理由からではない。
現在の主流である資本主義経済政策に対して疑問や怒り、また恐れを感じている人々の感情の根源は産業革命時代、いや貨幣が発明された時代から存在するものでさほど変わってはいないと俺は思う。貨幣とは知らない人間同士が通じ合うための共通言語であり、村や町を行き来する商人たちの仕事がスムーズに行くために発明されたもの。現在の人間社会は貨幣があったからこそここまで発展できたのである。
貨幣の発明はしかし人間の生活を潤すとともに伝統的であった人間同士のつながりをも弱めた。物々交換は人間同士信頼しあわなければ成立しないが貨幣による取引には信頼はさほど必要なくなるからだ。貨幣が発明された時期にもう一つ発明されたものが現在に残る宗教だ。その多くがお金に対して否定的な点はとても興味深い。
話が少しずれたが俺の気がめいる理由というのは要するにこのジレンマなのだ。貨幣というものの発明によって今の俺が存在している、でも個人というレベルでみた幸せを考えるのならばこの「お金」というものの役割はあまりにも問題が多い。では、中道は存在するのか?もちろん存在する、だがこれは個人の中でしか存在しない。政治や社会構成、まして経済学などの「集団レベル」では図れない部分であるのだ。
しかしここでまたジレンマ。だからといって政治、経済、社会などの研究は意味をなくすという事にならないからだ。
人間は常にこのジレンマと戦っているような気がする(一部の人間だけかな?)。その膨大な数になる戦記に俺は現在「やられて」いるのだ。
「感覚で生きようよ
」と言いたくなるのさ。
窓を全開にする喜び。
植物も、友達も、俺も皆機嫌が良い。こんな日は公園の芝生の上に寝転り本を読みたい・・・・。春という季節の到来を体全体で感じ取りたい・・・・。
・・・・だが。
卒論です。
一階東向きのリビングから三階西向きの自分の隠れ家へと向かう歩調は陸亀、いや、それ以下。はぁ〜、こういう日は哲学とか、議論とか、社会構成とか、政治とかぜ〜んぶ箱に詰めて感覚で行動したいのに・・・。
だいぶ前から取り組んでいた卒論、内容ははっきりしてる(たぶん)。だがここにきて一歩も進まなくなってしまっている。理由はわかっている、気がめいるんだ。
西洋的概念から生まれた「開発」というものに対して仏教哲学をベースにした開発という概念を提案するというのが大まかな内容だが、これには経済的、社会的、政治的な議論が必要になってくる。気がめいるのはしかし内容が固いという理由からではない。
現在の主流である資本主義経済政策に対して疑問や怒り、また恐れを感じている人々の感情の根源は産業革命時代、いや貨幣が発明された時代から存在するものでさほど変わってはいないと俺は思う。貨幣とは知らない人間同士が通じ合うための共通言語であり、村や町を行き来する商人たちの仕事がスムーズに行くために発明されたもの。現在の人間社会は貨幣があったからこそここまで発展できたのである。
貨幣の発明はしかし人間の生活を潤すとともに伝統的であった人間同士のつながりをも弱めた。物々交換は人間同士信頼しあわなければ成立しないが貨幣による取引には信頼はさほど必要なくなるからだ。貨幣が発明された時期にもう一つ発明されたものが現在に残る宗教だ。その多くがお金に対して否定的な点はとても興味深い。
話が少しずれたが俺の気がめいる理由というのは要するにこのジレンマなのだ。貨幣というものの発明によって今の俺が存在している、でも個人というレベルでみた幸せを考えるのならばこの「お金」というものの役割はあまりにも問題が多い。では、中道は存在するのか?もちろん存在する、だがこれは個人の中でしか存在しない。政治や社会構成、まして経済学などの「集団レベル」では図れない部分であるのだ。
しかしここでまたジレンマ。だからといって政治、経済、社会などの研究は意味をなくすという事にならないからだ。
人間は常にこのジレンマと戦っているような気がする(一部の人間だけかな?)。その膨大な数になる戦記に俺は現在「やられて」いるのだ。
「感覚で生きようよ
2004年03月13日
同性愛者
今日は仲のいいレズビアン・カップルの家に呼ばれて行ってきた。最近そのうちの一人が家を移ったのでそのお祝いでフルコースディナーを作るというのだ。断る理由など一つもない。俺は缶ビールを4本とちょっとしたツマミを買って新居へと向かった。
新居といっても学生の身分、すばらしい所ではない。他の学生5人との共同生活。そもそも前の家に問題がありすぎたという理由で家を移ったのだ。しかしそうとは言ったものの工夫の仕方によってはだいぶ良くなるものだ。椅子、テーブル、食器どれも数が足りないため近所に住む友人宅からこの日だけ借りて補い、あとはキャンドルを灯せばそれだけで充分だ。
会話も盛り上がり、食べ物も美味しい。これ以上何が必要だろうか?本当に楽しいひと時をすごせた。
最後は食事のお礼を言い、それぞれお別れの言葉を交わし家へと帰っていった。
軽く霧がかった静かな夜だ。
今はだいぶ落ち着いてきた二人の関係だが、ここまでの道のりはけして楽なものではなかった。同性愛者に対して比較的理解のある社会ではあるものの差別は根強くある。カップルのうちの一人はレズビアンという事で親と絶縁状態、相手のほうは親と絶縁はしていないもののサポートはされていない。道端でいきなり「おい、そこのレズ!!二人同時にヤラセロ!!」などと怒鳴られる事もあるらしい。
同性愛者の結婚はオランダとベルギーで普通の結婚と同じ扱いをされている他、カナダなどではほぼ同等扱いされている。
ブッシュ政権は先週(たしか)同性愛者は結婚できないようにする法案をまとめた。文明社会のもっとも根本的な制度を守るためらしい。
何かと自分の意見と対立するアメリカの現政権だがここでもまた。しかしこの問題に対してアメリカは多くの国よりも真剣に議論してきた国であることは強調しておきたい。
社会制度を傷つけるという議論は納得がいかない。なぜかというと今アメリカを始めいわゆる先進国と呼ばれている国々の社会の制度を傷つけているものは増え続ける離婚の割合とその結果片親になってしまった家族とも言えるからだ。日本でも離婚率は上がり続けている。両親共働きが常識にもなりつつある社会では親が子供と接する時間が減っている、離婚はこの状況にさらに追い討ちをかける事になる。別に親が子供に費やす時間が減るからといって子供が健康的に育たないとは言っていない、ただ「社会制度を傷つける」という議論に対して反論しているだけだ。
結婚というものははっきり言ってしまえば象徴であり社会的認知をえるためのものである。結婚をするという事で義務が生じそれによって社会が安定するのだ。ならば同性愛者の結婚も認めていいのではないだろうか?
食事の席で二人は少し恥ずかしそうにこう言った
「私はあなたの事を誰よりも知っているし、
あなたは私の事を誰よりも知っている」
二人の関係はまだ1年足らずのものだがこうして社会の逆行に負けず幸せそうにしている。この二人の関係が将来どうなるかはわからない、でももし次のステップを踏もうと考えるのならば俺は社会がなんと言おうと二人の「結婚」を認め応援していきたい。
新居といっても学生の身分、すばらしい所ではない。他の学生5人との共同生活。そもそも前の家に問題がありすぎたという理由で家を移ったのだ。しかしそうとは言ったものの工夫の仕方によってはだいぶ良くなるものだ。椅子、テーブル、食器どれも数が足りないため近所に住む友人宅からこの日だけ借りて補い、あとはキャンドルを灯せばそれだけで充分だ。
会話も盛り上がり、食べ物も美味しい。これ以上何が必要だろうか?本当に楽しいひと時をすごせた。
最後は食事のお礼を言い、それぞれお別れの言葉を交わし家へと帰っていった。
軽く霧がかった静かな夜だ。
今はだいぶ落ち着いてきた二人の関係だが、ここまでの道のりはけして楽なものではなかった。同性愛者に対して比較的理解のある社会ではあるものの差別は根強くある。カップルのうちの一人はレズビアンという事で親と絶縁状態、相手のほうは親と絶縁はしていないもののサポートはされていない。道端でいきなり「おい、そこのレズ!!二人同時にヤラセロ!!」などと怒鳴られる事もあるらしい。
同性愛者の結婚はオランダとベルギーで普通の結婚と同じ扱いをされている他、カナダなどではほぼ同等扱いされている。
ブッシュ政権は先週(たしか)同性愛者は結婚できないようにする法案をまとめた。文明社会のもっとも根本的な制度を守るためらしい。
何かと自分の意見と対立するアメリカの現政権だがここでもまた。しかしこの問題に対してアメリカは多くの国よりも真剣に議論してきた国であることは強調しておきたい。
社会制度を傷つけるという議論は納得がいかない。なぜかというと今アメリカを始めいわゆる先進国と呼ばれている国々の社会の制度を傷つけているものは増え続ける離婚の割合とその結果片親になってしまった家族とも言えるからだ。日本でも離婚率は上がり続けている。両親共働きが常識にもなりつつある社会では親が子供と接する時間が減っている、離婚はこの状況にさらに追い討ちをかける事になる。別に親が子供に費やす時間が減るからといって子供が健康的に育たないとは言っていない、ただ「社会制度を傷つける」という議論に対して反論しているだけだ。
結婚というものははっきり言ってしまえば象徴であり社会的認知をえるためのものである。結婚をするという事で義務が生じそれによって社会が安定するのだ。ならば同性愛者の結婚も認めていいのではないだろうか?
食事の席で二人は少し恥ずかしそうにこう言った
「私はあなたの事を誰よりも知っているし、
あなたは私の事を誰よりも知っている」
二人の関係はまだ1年足らずのものだがこうして社会の逆行に負けず幸せそうにしている。この二人の関係が将来どうなるかはわからない、でももし次のステップを踏もうと考えるのならば俺は社会がなんと言おうと二人の「結婚」を認め応援していきたい。
住めば都
現在イギリスで平和学たるものを勉強をしてる東吾です。こんばんは。
住めば都
この言葉の本当の意味を知ったのは、ここブラッドフォードでの3年間の生活のおかげ。俺はココが好きです。
はっきり言っておこう。ここは主にパキスタン系と白人との歴史的な深い傷が未だに残っている場所である。数年前に国際ニュースにもなった暴動が起きたのはまさしくココ。事件が起きた時日本に一時帰国していた自分はニュースを見ながら 「あぁ〜、あそこのパブが燃えてる」 といった具合。その場で「だからこそそこで平和学を勉強してるんだ」と強引に笑いをとったもののココで暮らしたことのない家族にとっては笑い事ではない。
歴史的な深い溝とは、植民地時代までさかのぼる。東インド会社つながりでなぜかココ(ロンドンから北に高速バス約4時間+内陸)は繊維業で富を得た豪族が住む場所として有名だったところ。莫大な富を持つものに対して「ブラッドフォードの豪族みたいだな」という比喩が使われていた事からもこの場所の豊かだったことが見受けられる。けど当事重宝されていた繊維や香辛料の他にも輸入されていたものがある。それは工場で働く奴隷。これがこの場所に他と比べてパキスタン人人口が多い所以でもある。いまだに街中を白人とパキスタン系の人が一緒に歩いている姿をあまり見かけないのがココの現状でもある。
それに加えて植民地時代の貿易を糧に膨れ上がった富はインドの独立とともに崩壊したという事。残されたのは、使われる事のない工場と歴史の溝、そして貧困。まさしく暴動が起きる要素満載。それを肌で感じていたため自分は暴動が起きた現状をすんなり受け止める事ができたのだろうと思う。
確かにココは危険だ。道端の車が燃えていた事もあるし公衆電話ボックスのガラスが粉々になっている事もある。しかし繰り返し言うが自分はココが好きです。危険を感じた事もない。
成田から吉祥寺までの電車の中で思う。
皆カオナシだ。
電車の中で携帯を利用する事には基本的に反対だけど日本の電車内の空間には単なる音声の静けさ以外に無機質な静寂が漂っている。心地よいものではない。けど電車内の静けさに外国と日本との根本的な差を感じているだけで、別に日本人が人間らしくないなんてこれっぽっちも思っていない。
昼間から街中で酔っ払っている人、目つきが悪い人、安全ではない場所、ばかばかしく聞こえるかもしれないけどそういう人や場所を避ければ問題ないのがココ。日本では一見やさしそうな人が急に切れたり人に冷酷な事を言う なぜ?
政治機関、民主主義、資本主義、女性や子供の人権、環境問題、工業技術、資源、食料・・・どれもこれも海外から輸入してきたもので今の日本に欠かせないもの。しかし日本は、日本らしさは変わらない。そこが怖い。
日本のバブル崩壊は時期以外は何も予期せぬ出来事ではなかった。一部だがそれでも多くの人はバブル崩壊の要素を目の当たりにしていたはず。それでも得意のお面をかぶってただ毎日を生きていたにちがいない。それを一生懸命伝えようとした人間もいたかもしれない、しかし反応はお面。何も変わらない。
俺はこの状況のほうがよっぽど身の危険を感じるのだ。
問題が山積みなのはどの国も社会も同じ。その問題に対して一人一人が真っ向から挑戦するかしないか、違いはそれだけ。
ココは危険とされているけれども大多数の人間は非暴力的で友好的。暴動の反省をいかして市を始めとしてさまざまな活動が各機関で行われているし、状況も改善してきている。一見皮肉にも思われがちなココにしてこの学部。でもココだからこの学部と今では思っている
ポジティブに物事を考えられるこの社会はいたって健康的。
ビバ・ブラッドフォード!!
住めば都
この言葉の本当の意味を知ったのは、ここブラッドフォードでの3年間の生活のおかげ。俺はココが好きです。
はっきり言っておこう。ここは主にパキスタン系と白人との歴史的な深い傷が未だに残っている場所である。数年前に国際ニュースにもなった暴動が起きたのはまさしくココ。事件が起きた時日本に一時帰国していた自分はニュースを見ながら 「あぁ〜、あそこのパブが燃えてる」 といった具合。その場で「だからこそそこで平和学を勉強してるんだ」と強引に笑いをとったもののココで暮らしたことのない家族にとっては笑い事ではない。
歴史的な深い溝とは、植民地時代までさかのぼる。東インド会社つながりでなぜかココ(ロンドンから北に高速バス約4時間+内陸)は繊維業で富を得た豪族が住む場所として有名だったところ。莫大な富を持つものに対して「ブラッドフォードの豪族みたいだな」という比喩が使われていた事からもこの場所の豊かだったことが見受けられる。けど当事重宝されていた繊維や香辛料の他にも輸入されていたものがある。それは工場で働く奴隷。これがこの場所に他と比べてパキスタン人人口が多い所以でもある。いまだに街中を白人とパキスタン系の人が一緒に歩いている姿をあまり見かけないのがココの現状でもある。
それに加えて植民地時代の貿易を糧に膨れ上がった富はインドの独立とともに崩壊したという事。残されたのは、使われる事のない工場と歴史の溝、そして貧困。まさしく暴動が起きる要素満載。それを肌で感じていたため自分は暴動が起きた現状をすんなり受け止める事ができたのだろうと思う。
確かにココは危険だ。道端の車が燃えていた事もあるし公衆電話ボックスのガラスが粉々になっている事もある。しかし繰り返し言うが自分はココが好きです。危険を感じた事もない。
成田から吉祥寺までの電車の中で思う。
皆カオナシだ。
電車の中で携帯を利用する事には基本的に反対だけど日本の電車内の空間には単なる音声の静けさ以外に無機質な静寂が漂っている。心地よいものではない。けど電車内の静けさに外国と日本との根本的な差を感じているだけで、別に日本人が人間らしくないなんてこれっぽっちも思っていない。
昼間から街中で酔っ払っている人、目つきが悪い人、安全ではない場所、ばかばかしく聞こえるかもしれないけどそういう人や場所を避ければ問題ないのがココ。日本では一見やさしそうな人が急に切れたり人に冷酷な事を言う なぜ?
政治機関、民主主義、資本主義、女性や子供の人権、環境問題、工業技術、資源、食料・・・どれもこれも海外から輸入してきたもので今の日本に欠かせないもの。しかし日本は、日本らしさは変わらない。そこが怖い。
日本のバブル崩壊は時期以外は何も予期せぬ出来事ではなかった。一部だがそれでも多くの人はバブル崩壊の要素を目の当たりにしていたはず。それでも得意のお面をかぶってただ毎日を生きていたにちがいない。それを一生懸命伝えようとした人間もいたかもしれない、しかし反応はお面。何も変わらない。
俺はこの状況のほうがよっぽど身の危険を感じるのだ。
問題が山積みなのはどの国も社会も同じ。その問題に対して一人一人が真っ向から挑戦するかしないか、違いはそれだけ。
ココは危険とされているけれども大多数の人間は非暴力的で友好的。暴動の反省をいかして市を始めとしてさまざまな活動が各機関で行われているし、状況も改善してきている。一見皮肉にも思われがちなココにしてこの学部。でもココだからこの学部と今では思っている
ポジティブに物事を考えられるこの社会はいたって健康的。
ビバ・ブラッドフォード!!







