政府は18日、事実上すべての武器の輸出を禁じている武器輸出3原則について、(1)日米か、米国を中心とする多国間の共同開発・生産(2)テロや海賊対策などを支援するための国際協力――にかかわる武器については3原則の対象からはずす方針を固め、与党との調整に入った。来月初めまでに閣議決定する新たな防衛計画の大綱に盛り込むか、同時に発表する官房長官談話でこうした方針を明らかにする方向だ。日本政府が守ってきた武器禁輸政策を大幅に変更する内容だけに、野党の反発は必至で、論議を呼びそうだ。 Asahi.com
ここ数ヶ月ずっと気になっていた事だ。
多くの場合「完全に反対」するということがあまりない自分ではあるけれどこれだけはいかなる理由であれ賛成できない。日本は今の状態で十分に武器産業の一部をなしていてそれ自体に問題があるのに、それを強化するのは問答無用だ。
ちなみに日本の技術者が過去に開発した武器(戦車やら戦闘機など)は各国が喉から手が出るぐらいほしがっている。それだけ優れた武器を日本はすでに数十年前から作ってきているし、所持している。
安全というものをどう保障するか。問題はそこだが、武器産業に力を入れるその方向は答えでは絶対ない。軍事産業がアメリカの経済の大部分を占めているがためにあの国は4年に一度は戦争をせざるをえない状況に陥っている。日本ももちろんそれに加担しているが今はまだ一歩引いた状況にある。
合理的に考えてくれ
自ら二進も三進も行かない状況に陥る必要性がどこにある








実は私、問題の報告を出した諮問機関「安全保障と防衛力に関する懇談会」のメンバーでもある先生のゼミで日米関係について学んでて…。
最近は他大学とMDの是非についてディベートしたりしております。
なんでちょっと意見を聞きたいな、と。
ま、ここで討論するつもりないので今度メッセででも。いかがでしょう。
ちょっと話の内容と違うけど、ココで話しても面白いし、メールである程度話をしてからそれをまとめて記事にしてここに載せる形でもいいし。このコメントの返信は好きなようにして下さい。
MDの問題は、必要ないと思えば必要ないものとなるし、必要あると思えば必要あるようになるものだと思ってる。曖昧な発言と思うかもしれないけどつまりは、必要性というものは議論を進めていけば必ずどこかで引っかかってくるものでしょ?だから議論しててもらちが明かない。俺は必要性云々ではなく、どこに線を引くかと言う議論が大事だと思ってる。「足るを知る」そこなんだよ。そして人類という単位で見た合理的な政策、それがあまりにも不足している、と思ってる。
他の国の人々を敵と考えるか、それとも地球という空間を共有する者同士として考えるか。「安全保障と防衛力」これを国という次元でしか語らない、そんな議論はもう時代遅れなんだよ(もちろん国は重要な単位ではあるけど)。そしてMDは国という単位でしか物事を見ていない、これは今後進むべき方向ではないと思ってる。
理由は今、国の安全を脅かしているのは世界規模でみた貧富の差、環境問題、資源問題、テロやサイバーテロだと思っているから。これはMDでは防げない。ちなみにMDで防げるテロはもちろんある、でもMDではどうすることもできないテロ行為は五万とあるでしょう。北朝鮮が脅威というのはでっち上げだと思ってるし。
「足るを知る」これの意味をもう一度ちゃんと考えるべきなんだと思う。日本の防衛費は既にすさまじい額になってるんだよ、十分すぎるぐらい。確かにそれでもこの国は危険にさらされる、けどだからといってそこに投資しても、これは永遠に埋まらない溝なんだから限がない。線を引く必要があるんだよ、そして全人類を基準にした合理的な政策。
今本当の脅威としてある問題はMDで防ぐことはできない。よってMDを本気に今後の可能性と考えている人たちは国という単位に捕らわれすぎているために全体を見るその事を怠っているのでは?と思ってしまうのだよ。どうかな?
ばーっと書いたから納得いかない点や俺の勘違いもあるかもしれない。でも基本的な考えはこんな感じ。そっちが質問してくれたほうが答えやすいかも。
それじゃ